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2016年1月26日 (火)

静岡を巣立つ球児たち2015~河合毅弥編・上

 4年目を迎えたオフ企画、「静岡を巣立つ球児たち」。「静岡高校野球」編集部が卒業後も野球を続けることが決まっている高校3年生たちに会いに行きます。今回は1年夏から「3番ショート」として静岡を沸かした河合毅弥(聖隷クリストファー)。卒業後は明治学院大に進学する河合のインタビューを2回にわたってお届けします。

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★小中とエリート街道を歩む
 5歳で野球を始めた河合は、小学1年生の時に「浜北ブラザーズ」に入団した。
 6年時には中日ドラゴンズジュニアに選出され、NBP12球団ジュニアトーナメントに出場。上野翔太郎(中京大中京)、鈴木大智(関東一)、宮地恭平(東海大相模)らとともにプレーした経験を持つ。
 01261_5中学は「練習を見に行った時に凄い雰囲気が良かった」と浜松シニアへ。そこで3年間、佐野勝稔監督からバッティングの基礎を叩きこまれた。1日の大半は打撃練習。午前中から午後の4時まで、ずっと打ちっぱなしという日もあったという。
「佐野監督はトップを作って内から出すという指導で、形に凄くこだわっていました」
 毎年のように好選手を輩出する浜松シニアだが、河合の代も逸材が揃っていた。松田翔真、内山竣(ともに静岡高)、山本啓太(浜名)、安藤優汰(浜松市立)…。そのなかで河合は主将を務め、2年秋のクラストカップではチームを県優勝に導く。まさに小学、中学とエリート街道を歩んでいた。

★鈴木翔太に誘われて聖隷へ
 中学3年生となり、高校を選ぶ時期となった。他の強豪校からの誘いもあったが、河合は聖隷クリストファーに入学することを決める。シニア時代の2つ先輩・鈴木翔太(現中日)の存在が大きかった。
 河合が中学3年の夏、聖隷クリストファーはエース・鈴木翔太の快投で優勝候補の静岡高を撃破。その後、鈴木は準決勝で延長14回を一人で投げ抜き、一躍注目を集める存在となっていた。
 そんな憧れの選手から直接口説かれた。
「聖隷で一緒にやろうよ」
 その一言で、河合は聖隷クリストファーへ大きく気持ちが傾いた。
「翔太さんと一緒に、試合にでたいっていう気持ちが大きかったです」
 河合は入学早々、1年春の県大会で「3番ショート」としてデビューする。2回戦の富士市立との試合では2安打を放つ活躍。シニア時代に佐野監督から教わった打撃は高校でも通用すると実感した。
「球の速さとかキレもあまり違いは感じなかったし、思っている以上にできました。守備も、翔太さんが投げていると全然ボールが飛んでこないし、ピンチの時には三振を取ってくれるので、すごく安心感がありました」 
 
★1年夏の鮮烈本塁打!
 迎えた夏、聖隷クリストファーは2回戦で飛龍と対戦する。愛鷹球場にはドラフト候補・鈴木をチェックしようとプロ12球団のスカウトが集結した。
 そんな異様なムードの中、河合は5回に一時勝ち越しとなる2ラン本塁打をライトポール際に放つ。高校入学後、初の本塁打だった。
「翔太さんから打撃に入る前に『お前が打たなくても俺がいるから大丈夫だ』って声をかけてもらって。それで打席に楽に立つことができました」
 河合の活躍もあって、6対3で勝利を収めた。しかし、準々決勝で大井祐輝(現拓殖大)を擁する菊川南陵に2対3で敗退。鈴木との野球はわずか4か月足らずで終わった。
 鈴木と一緒にプレーしたくて入学した聖隷クリストファー。あと2年間、どうモチベーションを保っていけばいいのか。河合は負けた瞬間、喪失感を味わった。
「辛かったです。でも、あれがあったから、切り替えることができたと思うんです」
 そう河合が振り返るのは、菊川南陵に負けた後の出来事だ。学校に戻り、バスを降りると、すぐに佐野副部長(現部長)から「1、2年生はグランドに集まるように」という指示が出された。01262_5佐野副部長は選手が集まると、ノックを始めた。
「かなり疲れた状態で戻ってきて、えっ、まさかと思いました。その時のノックで自分は一番叱られていました。もう地獄でしたね(笑)」
<もう新チームは始まっているんだよ。下級生だけど、引っ張っていくのは河合なんだよ>
 佐野副部長はそんなメッセージを伝えたくて、河合に激しいノックを打った。河合のユニフォームは泥だらけとなっていた。
「もうやっていくしかないと割り切りました」
 ところがその後、思うような結果がでなかった。秋は県大会の初戦で敗退。2年夏は、2回戦で富士東にあっさりと敗れた。
「チームとして勝てるかなっていう気の緩みがあったと思います。自分も、1年の時が良すぎたので、その分、迷ってしまって」
 新チームとなり、当然のようにキャプテンを任された。しかし、打撃の状態は上がってこなかった。秋は西部大会で敗戦し、県大会出場も逃した。  
 10月、一人の男が聖隷クリストファーにやってきた。
 小倉清一郎――。
 これまで数々の名選手の育て上げた名コーチは、植竹和人監督と佐野部長にこんな提案をした。
「河合にキャッチャーをやらせてみたらどうだ」

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 「静岡を巣立つ球児たち2015~河合毅弥編・下」は近日中に更新します!

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