球音を待つ静岡人

2020年6月 2日 (火)

球音を待つ静岡人⑧~高橋駿(山岸ロジスターズ)

 編集部が静岡の野球人を応援する企画。最終回は今春、山岸ロジスターズに入団した大型内野手の高橋駿です。
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★岐阜リーグで2度ベストナインを獲得したスラッガー
「地元のチームから都市対抗に出たいんです」
 今春、山岸ロジスターズに入団した高橋駿はそう力強く宣言する。
 静岡西ではエース投手として活躍。3年夏は初戦敗退も、「このままでは終われない」と大学進学を決意した。
06021  岐阜聖徳学園大に入学すると、すぐに小山貴本監督の目に留まり、1年春から抜擢された。長打力を武器に、2年春と3年春にベストナインを獲得した。
 しかし、キャプテンを任された4年時は苦しむ。思うような結果を残せず、打順も4番から降格する試合もあった。
「チーム全体のことを考える中で、心の底から野球を楽しめていない自分がいました」
 当初、高橋は卒業後、企業チームでのプレーを目指していた。けれども、不調に加え、企業チームの壁は厚く、野球を続ける選択肢が狭まっていた。そんなときに声をかけてくれたのが、山岸ロジスターズの天野義明監督だった。
「自分を必要としてくれている。嬉しかったです。山岸さんのために頑張ろうと思いました」 

★見据える先は都市対抗予選
 チームには3月1日に合流した。7日のオープン戦(対ハナマウイ)では「4番サード」で出場すると、いきなり本塁打デビュー。ポテンシャル高さをアピールした。だが、全日本クラブ選手権予選の決勝(対浜松ケイスポーツBC)では無安打に。チームも2対4で敗れた。
06022  その後は新型コロナウイルスの影響で全体練習が休止となった。4月からは社会人としてもスタートし、ドライバーとして仕事を覚える日々が続く。
 そんな中でも、大学4年時の悔しさを胸に「野球を楽しむ」という原点に立ち返ってバットを振り続ける高橋。メジャーリーガーのアーロン・ジャッジ(ヤンキース)やマイク・トラウト (エンゼルス)のフォームを研究し、自分との違いを分析した。
 いよいよ6月6日から全体練習が再開する。見据える先は8月から始まる都市対抗予選だ。
「今はそこだけを見ています。とにかく、コイツはすごいなって思われる選手になりたいんです」
 夢はブレることなく、プロ野球選手になること。そのために、都市対抗に出場し、東京ドームでどでかい一発を放つ。
<写真上/岐阜聖徳学園大時代の高橋>
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■高橋駿[たかはし・しゅん]
1997年9月15日生まれ、静岡県静岡市出身。小学1年時に「井宮ドジャース」で野球を始める。籠上中時代は3年春の中学選抜大会で県準優勝。静岡西ではエース投手で活躍する。岐阜聖徳学園大に入学後、1年春から公式戦に出場。2年春、3年春にベストナインを獲得した。182cm85kg、右投右打。

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2020年5月19日 (火)

球音を待つ静岡人⑦~山梨智也(立命館大)

 編集部が静岡の野球人を応援する企画。第7回は今秋のドラフト候補に挙がる山梨智也(立命館大)です。

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★高校から本格的に投手へ
 立命館大のリリーフ投手として最速149キロを誇る山梨智也。全日本大学選手権は中止、リーグ戦の開催も不透明だが、今は真っすぐに前を向いている。
「モチベーションは保てています。両親だったり、 高校時代の仲間だったり、周りで応援してくれる人がいるから頑張ることができています」
05191  静岡東では無名の存在だった。「 勉強面も一生懸命に取り組みたかった」と進学校に入学し、1年時は三塁を守っていた。ピッチャーへの転向を勧めた内藤文武監督(現榛原副部長)が当時を振り返る。
「三塁から投げるボールのスピンが良くて、他の選手よりも球が速かったのでピッチャーをやってみたらどうかなと。大学で、まさかここまで球速が出るとは思っていませんでしたが…」
 2年秋からエースとなり、最速は136キロをマーク。静岡市内大会では静岡高打線相手に好投して話題になった。迎えた3年夏。初戦(対清水桜が丘)は先発し、延長11回の末に勝利したものの、2回戦(対沼津商)では大敗を喫した。
 
★3年春に149キロをマーク!
 立命館大へは指定校推薦枠で入学。3年春にリーグ戦で初登板を飾ると、145キロを計測。そして、秋には149キロという驚きの数字を叩き出した。
 スピードが上がった要因について、「トレーニングの効果が大きい」と語る。
「大学に入って最初に感じたのは先輩たちとの体つきの差でした。このままの自分の体では追いつけないと思いました」
 ウエイトトレーニングで体重を約8キロ増やし、それに比例するように球速がついていった。
 プロを本格的に考えるようになったのは1年秋のこと。3学年先輩の東克樹(横浜DeNA)がドラフト1位で指名され、その盛り上がりを見て、「自分も同じようになりたい」と触発された。

05192 ★秋こそ全国の舞台で…
 
 プロのスカウトも注目し始めた大学ラストイヤー。キャンプ、オープン戦と順調に調整を進めていたが、新型コロナウイルスの影響で、チームは4月3日から活動停止。アピールの場となる全日本大学選手権の中止も決まった。また、リーグ戦の開催については、5月末もしくは6月初旬の臨時常任理事会で決定することになっている。
 山梨は今年の全日本大学選手権で戦ってみたい選手がいた。高校時代のチームメートで静岡大の主将を務める河本昌範だ。
「静岡東の同級生で硬式を続けているのは2人だけ。秋はお互いに勝ち上がって、明治神宮大会で対戦したいです」
 大台となる150キロ超え、そしてプロの世界へ。
先が見えない不安の中でも、ひたむきに努力を続ける。

<写真上/静岡東時代の山梨>
<写真下/立命館大ではリリーフで通算2勝を挙げている>

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■山梨智也[やまなし・ともや]
1998年9月4日生まれ、静岡県静岡市出身。学童時代は「静岡ツインズ野球スポーツ少年団」、中学は末広中でプレーする。高校入学後、2年秋から本格的に投手となり、3年夏は2回戦で敗退。立命館大では3年春にリーグ戦初登板を飾る。177cm84kg、右投右打。

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2020年5月11日 (月)

球音を待つ静岡人⑥~漢人茉彩(京都両洋)

 編集部が静岡の野球人を応援する企画。第6回は京都両洋に進学した女子選手の漢人茉彩(京都両洋)です。

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★学童時代は県準優勝投手
 長男の広也は小笠で活躍し、次男の友也(現中京大)は常葉大菊川のエースとして甲子園出場。そんな兄2人を見て育った長女の茉彩(まあや)が野球の道に進んだのは自然の流れだった。
051101  小学2年時に「桜木野球少年団」で野球を始めるとすぐに頭角を現し、6年時のしずちゅう旗静岡県学童軟式野球大会ではエースを務めて準優勝に輝く。一方で、女子チームの「中遠ヤングガールズ」の一員として、全国ベスト16入りに貢献した。友也にそっくりな、腰を捻ったフォームから、勢いよく腕を振り、球速はすでに100キロを超えていた。
「フォームは見よう見まねでした。自然に兄と同じになった感じです」
 中学は桜が丘中でプレー。2年秋から主戦としてマウンドに上がった。だが、県大会には縁がなく、掛川地区や西部地区の大会で涙を飲んだ。それでも本人は「小学生のときよりも、中学ではコントロールがついて、低めに投げられるようになった」と成長を感じている。

051102 ★高校では勝ちたい!
 中学3年の夏が終わってから、女子硬式野球部を持つ高校の練習見学へ。複数の県外の強豪校を回った中で、本人が決めたのが京都両洋だった。
 同校の女子硬式野球部は2012年に創部。18年の全国高校女子硬式野球選手権では初優勝を飾っている。
「2回練習を見に行きましたが、みんな声が出ていて、すごく雰囲気が良かったです。練習で分からないことが出たら、上田(玲)監督が全体を集めて話あったり。ここでやりたいと思いました」
 さらに、18年の全国優勝メンバーの大城結衣(浜松市出身)から「いいチームだよ」と聞いたことも決め手となった。 
 しかし、新型コロナウイルスの影響で、登校したのは入学式の日だけで、あとは自宅での待機が続く。それでも、ZOOMを使いながら毎日、約1時間半、オンラインで他の選手と一緒にトレーニングを行っている。また、友也も帰省している関係で、キャッチボールをすることもある。漢人は「兄のボールはキレが良くて伸びてくる感じ。カーブなんて、捕れないこともあります。私もああいう球を投げたいです」と刺激を受けている。
 高校での目標は「全国優勝」と決めている。
「小学生のときは普通に勝てていたけど、中学に行ったら勝てなくなってしまいました。だから、高校ではもう一度、勝てるピッチャーになりたいです」
 全国大会の決勝でマウンドに立っているイメージを描き、今は粛々と自分を高める。

<写真上/学童時代の漢人>
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■漢人茉彩 [かんど・まあや]
2004年10月11日生まれ、静岡県掛川市出身。小学2年時に「桜木野球少年団」で野球を始め、6年時のしずちゅう旗静岡県学童軟式野球大会で県準優勝。「中遠ヤングガールズ」 では全国ベスト16入りを果たす。桜が丘中では2年秋からエースとなり、京都両洋に進学した。158cm、右投左打。

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2020年5月 4日 (月)

球音を待つ静岡人⑤~堀田伊吹(筑波大)

 編集部が静岡の野球人を応援する企画。第5回は藤枝東から筑波大に進学した堀田伊吹です。
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05041_20200504103301 ★超大型右腕が筑波大へ
「まだ1度も野球部の練習に参加できていないんです。早く練習したいですね」
 藤枝東から筑波大に進学した堀田伊吹は不安な様子でそう語る。
 194センチの超大型右腕。藤枝東では1年夏から出場し、2年春からエースに。3年夏は初戦で敗退したものの、高校で完成するタイプではなく、底知れぬスケールの大きさを持っていた。
「高校では周りから期待してもらった分の活躍ができませんでした。このまま終わることはできないですし、もっと成長したいと思いました」    
 夏の大会後、筑波大の練習に参加。レベルの高さ、充実した施設に触れて、「自分もここでやってみたい」との思いが芽生えた。また、その際に筑波大で活躍する村木文哉(静岡高出身)からチームの魅力を聞いたことも決め手となった。
 その後は、約半年で体重を10キロアップ。大学仕様の体を作り、入学に備えていた。だが、新型コロナウイルスの影響で筑波大の課外活動が禁止となり、4月以降も自宅待機のまま。他の選手と一度も顔を合わすことができていない。

050402 ★大学でも文武両道
 モチベーションを保つことが難しい中、ライバルから刺激を受けている。小学校、中学校で一緒にプレーした紅林弘太郎(オリックス)はプロの世界に入り、すでに2軍の試合でプレーしている。
「紅林からは『早く俺のところまで上がってこい』って言われているんです(笑)」 
 現在は自宅でのネットスローに加え、筑波大の硬式野球部からオンラインで送られてくるトレーニングメニューを必死にこなす。先が見えない日々が続くが、堀田は前を向く。
「まずは球速は140キロまで上げて、Aチームに入れてもらえるように頑張っていきます」
 大学では野球だけなく、勉学にも全力で取り組む。理工学群社会工学類に籍を置き、建築関係を学ぶ方向だ。将来的には建築士の資格を狙っていく。
 明るい未来だけを信じ、大学生活のスタートを待つ。
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■堀田伊吹[ほった・いぶき]
2001年7月13日生まれ、静岡県藤枝市出身。小学2年時に「青島ホークス野球スポーツ少年団」に入団。青島中では全日本少年軟式野球大会で県ベスト8進出。3年夏に藤枝選抜に選ばれる。藤枝東入学後、1年夏は捕手で出場。2年春からエースとなる。3年夏は初戦敗退。194cm95kg、右投右打。

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2020年4月26日 (日)

球音を待つ静岡人③~工藤祐二朗 (神奈川フューチャードリームス)

 編集部が静岡の野球人を応援する企画。第3回は独立リーグでプレーする工藤祐二朗 (神奈川フューチャードリームス)です。

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★昨年はチーム1位の打率と安打数
 4月23日の日刊スポーツに衝撃的に見出しが躍った。
「BCリーグ消滅危機」
 当初は4月11日開幕予定だったルートインBCリーグ。しかし、新型コロナウイルスの影響で、2度の延期。今後については開幕を模索している状況だ。韮山出身で、「福井ミラクルエレファンツ」から「神奈川フューチャードリームス」に移籍した工藤祐二朗が苦しい胸の内を吐露する。
「今は施設が全く使えないので、家の中でできるトレーニングをこなしているだけ。一度、静岡の実家に帰ることも考えましたが、踏みとどまって。苦しいことは苦しいですね…」04261
 専修大を卒業後、ルートインBCリーグの「福井ミラクルエレファンツ」に入団した工藤。昨年のルーキーイヤーは69試合に出場し、チームトップの打率.332、90安打をマークした。打順は主に2番で、ときには1番、3番もこなした。打撃に定評のある専修大で鍛えた技術を発揮し、「打つことに関しては、力負けすることはなかった」と振り返る。
「大学の3年、4年の頃はなかなか試合に出られなくて。でも、昨年はほぼ全試合フルで使っていただき、試合に出ることが楽しくて、そこで成長できた部分がありました」
 同じチームとなった大松尚逸(元ロッテ)との出会いも大きかった。
「大松さんはいろんなことを教えてくださって。技術面でも精神面でも本当にためになることばかりでした」
 一方で、NPB入りへの登竜門とされるルートインBCリーグの選抜チームにはあと一歩で選ばれなかった。
「福井の田中(雅彦)監督からも言われましたが、例えばライトへの打球が自分の場合はフェンスのギリギリでアウトになる。フェンスを越えるか、越えないか。わずかですが、NPBに行くにはその差を埋めないとダメだと思っています」

04262 ★今年は「欲」を出していく
 工藤は独立リーグで1年間過ごし、NPBへの思いがこれまで以上に強くなっている。
 オフにはさらなるレベルアップを目指して新球団の「神奈川フューチャードリームス」へ移籍。「わずかな差」を埋めるために、体を一回り大きくした。体重は75キロから82キロに増やし、シーズン開幕に備えていた。
「100安打を打って、打率は3割5分を目標にしていたのですが…」
 前述のように、今は限られた環境でトレーニングするのみ。開幕が見えない中で不安が募るばかりだ。それでも工藤は前を向いて進む。
「チューブを使って体を鍛えたり、今できる最大限のことをやっています。開幕が遅れるので、100安打は厳しいですが、1試合最低2安打を目標にしていきたいです。とにかく今年は欲を出していきます」
 苦境に立たされても、夢を絶対に諦めない――。

<写真/福井ミラクルエレファンツ時代の工藤>
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■工藤祐二朗[くどう・ゆうじろう]
1996年7月5日生まれ、静岡県駿東郡出身。小学2年からソフトボールを始める。中学は「スルガボーイズ」に所属。韮山入学後、1年夏から出場し、3年夏はエース投手で活躍。専修大では1年春からベンチ入りした。卒業後、独立リーグのルートインBCリーグでプレーする。174cm82kg、右投左打。

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2020年4月24日 (金)

球音を待つ静岡人②~孕石幸寛(東海大海洋学部)

 編集部が静岡の野球人を応援する企画。第2回はプロ注目の本格派右腕・孕石幸寛(東海大海洋学部)です。

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04241★無名投手が大学で飛躍!
 「あの海洋のピッチャーはどうしている?」
 プロのスカウトがそう気にするのが、東海大海洋学部の孕石幸寛だ。
 スラッとした体型、バランスのいいフォーム、低めに伸びるストレート。いかにもスカウト好みの右腕といえる。
 島田工時代は最速139キロをマークしていたものの、県内では無名の存在だった。
 3年夏は初戦で浜松西と対戦。相手の強力打線の前に6回で10失点を喫し、コールド負け。その悔しさが孕石のハートに火をつけた。元々は就職希望だったが、大学進学に方向転換した。
「大学でやるつもりはなかったのですが、このままでは終われないと思いました。夏大が終わったあとチームメートの加藤(廉)が一緒にやろうと誘ってくれて。手塚(慎太郎)監督からも声をかけてもらって決断しました」
 手塚監督の期待値は高く、大学では1年秋のリーグ戦でデビュー。東海大会でもマウンドに上がった。
「高校の頃はただ思い切り投げて力で抑え込もうとしていましたが、大学に入って上手く力を抜くポイントがわかって、試合を作ることができるようになりました」
 迎えた3年春、孕石の素質が一気に開花する。5勝を挙げて、18季ぶりとなるリーグ優勝に貢献。エースとしてフル回転し、文句なしで最優秀投手賞を獲得した。
 印象に残るのは勝てば優勝の決まる5月11日の日大国際関係学部戦。8回に右足をつりながらも、146球を投げ抜く気迫を見せた。

★秋の不調を乗り越えて
 しかし、秋は生命線のストレートが走らず、不調に陥る。エースを下級生の翠尾透に譲り、1試合も先発で登板することがなくシーズンが終了した。「気持ちの部分で弱気になっていた」と振り返る。04242
「開幕に状態を合わせることができなくて、それが焦りにつながってしまって。こんなはずじゃないって考えているうちにズルズルといってしまいました」
 静岡2位で出場した東海大会。孕石は中部学院大戦の4番手で登板するも、2回2/3を投げて3失点。「何かを変えなければ」と悩んだという。
 オフは徹底的に体を鍛えた。ウエイトトレーニングの量を増やし、最速143キロのストレートに力強さが加わった。

★オープン戦で社会人相手に快投  
 3月17日には、きらやか銀行とのオープン戦で6回を無失点の好投。ストライク先行の投球で企業チームを抑え、手塚監督も「一皮むけてくれた」と手応えをつかんだ。
 ところが、直後に部活動が休止に。3月末の開幕に向けて、順調に調整が進んでいたが、一度リセットされた。
「開幕がいつになるかわかりませんが、暑い時期になった場合、スタミナな重要になってくると思うので、体力作りからやっています」
 今年の静岡リーグの投手では、もっともプロに近い存在。たが、現状ではスカウトに見てもらえる機会はない。今はただ、理想とする「軽く投げても糸を引くようなストレート」を目指し、時間を有効に使う。

<写真上/最速139キロをマークした高校時代の孕石>
<写真下/大学では体重が約10キロアップし、体が一回り大きくなる>

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■孕石幸寛[はらみいし・ゆきひろ]
1998年6月28日生まれ、静岡県島田市出身。小学4年時に「五和クラブ」で野球を始める。金谷中では軟式野球をプレー。島田工入学後、2年秋からエースとなり、最速139キロをマークする。東海大海洋学部では1年秋からリーグ戦登板。3年春はリーグ優勝に貢献し、最優秀投手賞を獲得した。182cm75Kg、右投右打。

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2020年4月22日 (水)

球音を待つ静岡人①~稲垣淳之介(大東文化大)

 新型コロナウイルスの感染拡大により、野球の開幕が見えない状況が続いています。「今は野球どころではない」というのは百も承知の上で、編集部では静岡の野球人の現状を伺いつつ、応援する企画を作ることにしました。第1回は4年前の夏を沸かせた稲垣淳之介(袋井→大東文化大)です。

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04222_20200422163401 ★「袋井旋風」の立役者に
 2016年夏、袋井のエース右腕・稲垣淳之介の快投に県民が惹きつけられた。
 しなやかなフォームから伸びのあるストレートをコーナーに投げ込む。準々決勝では日大三島相手に延長10回を完封。さらに、浜松商戦でも好投し、創部初の決勝進出を果たした。
 決勝戦では常葉菊川と対戦。0対12で敗れたものの、快進撃の立役者として一躍注目を浴びる存在に。とりわけ、袋井市では稲垣のことを知らない人がいないと言ってもいいほど、大フィーバーとなった。

★大学で投球のスキルがアップ
 夏前までは大学で野球を続けるのか迷っていたという稲垣。大会で自信を深めたことで大東文化大でプレーすることを決めた。
 1年秋からリーグ戦で登板。順調にスタートを切ったが、「ちょっとでも甘くなったら打たれた」と、大学野球のレベルの高さを感じた。球の回転はきれいでも、球威が軽かった。
 元プロの寺村友和コーチから「スピードはすぐに上がらないけど、真っすぐの質を高めることはできる」との助言を受け、少しずつ球威を上げていった。3年春には140キロをマーク。チームも7季ぶりとなる1部昇格を果たした。
「ただ投げるだけでなく、高校のときよりも考えて投げられるようになりました」
 変化球の使い方、タイミングの外し方など、投球全体のスキルもアップした。しかし、3年の秋はヒジの故障の影響で登板できず。ラストイヤーに、すべてをかけるはずだった。

04221 ★待ち受けていた試練
 2月下旬から3月上旬にかけて行われた沖縄・石垣島キャンプではヒジの故障も癒え、順調に調整を進めた。その矢先、チームは活動自粛となり、オープン戦もすべて中止に。活動再開のメドは立っていない。
「この3年間、決して満足する結果ではなかったので、今年こそ思い切り投げたいと思っていたのですが…」
 現在は近所の公園で軽く体を動かす程度。相手がいなくてキャッチボールすらできないという。「この先も野球を続けるためにリーグ戦でアピールしたい」という稲垣にとっては、我慢の日々が続く。それでも6月21日のリーグ戦の開幕を信じ、待ち続ける。
 4年前の輝きをもう一度――。

<写真上/袋井ではエースで県準優勝に導く>
<写真下/大学では1年秋から登板。力強さが増す>

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■稲垣淳之介[いながき・じゅんのすけ]
1998年10月4日生まれ、静岡県袋井市出身。小学2年時に「袋井北少年野球団」で野球を始める。袋井中時代は「掛川シニア」でプレー。高校入学後、2年秋からエースとなり、3年夏はチームを創部初の県準優勝に導いた。179cm75Kg、右投右打。

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